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新・方法の夜 VOL.4 「新・方法から中ザワヒデキが脱退し、皆藤将が加入する」 都築潤「新・方法/ニューエイドス」説明文字起こし(後半) by Ryousuke Muroi

都築潤氏は前半に「新・方法/ニューエイドス」、後半はVERVEとニューエイドスについて解説しました。この記事はその後半部分になります。会場にスライド画面を映して、それを見ながら解説しています。
30:30〜

次にVERVEとニューエイドスという二つをつなげて話をしたいと思います。「VERVE」というのは僕が2001年に開いた個展です。これはアドビイラストレーターというコンピューターソフトで絵を描いて、それを展示した展覧会でした。そしてこれが一昨年(2010年)のニューエイドスという展覧会につながるという説明をしたいと思います。

基本的に描きたいものは何にもないというところから始まっています。「生命」とか言うと、また新たな主体が持ち上がってきてそれを謳歌して喜びながら絵を描いている、という誤解をされるのではないかなとよく思うんですね。でもそうじゃなくて「生命」という言葉はあくまで「処理」という意味で出しているんです。だから逆に思考とか主体というのは実は無い。実際に僕は描きたいものは何もないんです。これからお見せする絵は虫とか王様とか自動車が出てくるんですけど、別に描きたいとは全然思っていないので(笑)問題は描き方、描いている経緯、残ったその絵の構造で、そういうものを中心にちょっと話を進めていきたいなと思います。

まずドローイングとペインティングというのがあります。これは中ザワヒデキさんが昔から西洋美術史の二大対立として扱ってらっしゃいます。実際の美術史でもそういうふうに扱われています。それは遡れば古代ギリシャ哲学のイデア論、それと原子論と絡むと。さらにそれがルネサンス期のフィレンツェ派、それからヴェネツィア派。それが時代が進んでいくとプッサンルーベンスとか、あるいは新古典主義ロマン主義とか。そういうふうな対立項が現代にそのまま繋がっている。かたやドローイングで、かたやペインティング。VERVEの個展を開く前はこういうことは僕全然考えていなくて。展覧会が終わった後に中ザワヒデキさんにお会いしてこういうことを色々と、知恵を授かったということになるんですが。今結論から先に説明しちゃっているんですけど。

コンピューターで絵を描いているときにアドレナリンが頭から出たんです。アドレナリンなのかエンドルフィンなのか、そういうところよくわからないんですが(笑)とにかく脳内物質が出てですね。さっき説明したように、ここで思考が身体の後ろに下がっていくのがよくわかった。そういう事態が起こったんですね。で、VERVEという作品群が9枚出来上がった。

それで、ここに一気に書いちゃったんですが、VERVEを作ったことによって新たな課題が生まれたんです。それが「絵の構造」について。何か本当に絵を描いた気がしたんですね。しかもコンピューターなのに。それまでは手描きのレベルでそういう脳内物資が出るのが分かることが二回ぐらいあったんですけど、それがまさかコンピューターで絵を描いているときに出るとは思わなかった。これは直感的に何らかの絵の本質に触れたんではないかなというふうに考えた。それから絵の構造を探っていくことが発生した。

これは当時ルーペマシーンというものを作っているんですね。実際作ったのはいいんですけど、ウェブ上で作品を鑑賞するそういうマシーンだったはずが当時できなかった。残念だった。説明するとGoogleマップみたいに絵をこうやって拡大したり縮小したりして見れるようなそういうマシーンを一応作った。ウェブ上では機能しないけど作った。

もう一つはさっきの話題に出た「痕跡」。作品なのか痕跡なのか。ここから「操作のための操作」という考えが生まれたんですね。つまり絵を描くという行為が絵を描くという行為自体に目的化したということなんですけど。これはですね、作品を描くときのテーマとして、何か目標があってそこに向かうというのでは全くなくて。そうじゃなくて行為あるいは絵を描くために行なっている処理、そういうものがものすごく拡大してきて肥大してきて、それで頭の中に充満するようなイメージだったんですね。これが操作のための操作ではないかと。これがインタラクティブデザインに繋がっていくんです。さっきのインベーダーゲームとも関係しているんですけども、やっぱり操作をすることによって何かこう、操作の中毒になるというか。簡単にはやめられなくなる。そういう何か没頭するような魅力というか深みがあるんじゃないかなと。これをインタラクティブデザイン、つまりウェブ上で機能するような何か、エンターテインメントに。このときはウェブ広告の仕事をすごく取りたくてですね。取りたくてっていうのも変ですけど(笑)そういうことを考えていた。
ここにちょっと書いたんですけど、「単一直線的フロー」というものを考えだして、それをインタラクティブデザインに使うと。それでプログラムが出来る人、あと当時はFLASHが出来る人を集めて「Firelight」というグループを作ってしばらく活動しました。

このコンセプト案でもう一つ派生しているのが「描写」「デザイン基礎」です。この二つは大学で僕がやっている絵を描くための基礎プログラムなんですね。教育カリキュラムなんです。これが自然に生まれてきた。今またバージョンアップしている最中なんですけど。ここから少し発展して「DTP循環」という考え方が頭の中に出ています。

最後に書いてあるのが「ニューエイドス」。これは個展の方ではなくて、実は2005年くらいに三人展として面白い企画ができないか。つまりドローイング側の面白い企画ができないだろうかということでニューエイドスという三人展を考えていました。この話を中ザワヒデキさんとこに持って行ったら、中ザワヒデキさんが行司役を、変ですね(笑)御意見番を引き受けてくれるというのでお願いしました。その時は僕と水野健一郎くんと横山裕一くんという三人で展覧会をやろうとして。そのあと横山くんが抜けてもう一人入って三人になって、それで中ザワさんも引っ張り込んでですね、色んな所に話を持って行った。だから2006年から07年くらいまで活動したんですけど、2007年くらいから日本経済が下火になり始めて2008年のリーマン・ショックで全く何処もお金を出してくれなくなって、それでおしゃかになった企画です。それがこの三人展の方のニューエイドス。

色々とそのあと頭で考えていました。VERVEという作品は実はドローイングとペインティングの二項対立の折衷によって出来上がっているんですけど、これが何かドローイングとペインティングが合体したことによって違う裂け目が生まれていた。自分の頭の中で物質の現実世界とデータの世界にぱっくり別れ始めたんです。このデータの世界と物質的な現実世界との二つの軸でVERVEという作品群の新しい見せ方ができないかと思って、それで開催した個展がニューエイドスというものです。それが2010年です。
特にデータ世界の中にはインターネットという広大な情報の海というものがあってですね。そこからいろんなテーマが持ち上がってきたんですね。つまりVERVEという絵がデジタル100%で出来ていてこれをウェブ上で鑑賞できるということ。是非それを実現したい。それからダウンロードできると100%デジタルで出来ているので、どんな人でもパソコンを持っていればダウンロードして原画というか現物をもらえる。さらに著作権を放棄すればLinuxのような改ざんができる絵が作れるんじゃないか。全世界の人がVERVEをダウンロードして勝手に描き変えてそれでまたウェブ上にあげるという、新しい夢がこの時点では開けていたんです。あまりダウンロードされていないんですが(笑)というかあんまり宣伝してないんですけどね(笑)こういうような色んな新しい発想が出てきたわけです。
もう一つは現代美術の話になっちゃうんですけど、ロバート・スミッソンっていう人がソルトレイクシティにスパイラルの巨大な作品を作るんです。それが湖の中に溶け込んでいってどんどんなくなっていく。そういう作品なんですね。それでその作品のように、例えばインターネットは情報の海なのでVERVEという作品を浸したことによってどんどん溶けていく。それは素晴らしいんじゃないかっていうふうに考えて。そういうこともこの一部に入っている。
いずれにしても100%デジタルで作られているっていうのがすごく重要。アドビイラストレーターというソフトで作っているのに何か欲しくなるような、欲しくなるってすごく手前みそな言い方ですが(笑)ありがたみのあるような、あるいは簡単に捨てられないようなそういう絵が出来た。それで個展を見に来てくれた人がみんな驚いたと思うので、だったらネットでは欲しい人が多いんじゃないかなと、そういう発想です。

これは2001年の個展VERVEの写真です。これ一枚しかないんですけどね。真ん中に王様の絵があって、その前で誰か見ています。これは伊東淳という人で、第一回日本グラフィック展のグランプリを受賞した人がなぜが写っている。ここに王様の絵があります。王様が馬に乗っている絵なんですけど。そしてこれがメインビジュアルの虫の絵です。ただ虫です。本当に意味はなく(笑)これはただ王様。ただ王様というのもあれなんですけど。しいて言えばアレキサンダー大王が好きだったんで、それを描いたんです。そういうことです。

それで実はこのVERVEというのは、さっきもちょこっと触れたように絵の「素情報」と「画素」で出来ています。ここは説明が難しいんですけど。素情報という言い方をするとちょっと難しくなっちゃうんですが。
絵の中で意味のある部分は、形として現れます。さっき虫とか王様っていうのは王様のような形をしているから王様に見えるし、虫の形をしているから虫に見えますよね。だからこっちは意味が司っている世界なんですね。つまりそういう意味が司っている世界が片方にあり、もう片方には画素、馴染みの言葉で言うとピクセル、そういうものの色が司っている世界がある。一つの絵の中に必ず二つの世界がある。必ずという言い方はちょっと難しいんですが。
絵の素情報というのは、形の分野の必要最小限のもの。あるいは形がなくなるまで細かく切り刻んでいった場合に最終的に残る形。最終的に残る意味。それを素情報というふうに呼んでいます。僕が勝手につけたんですけど。勝手でもないか。その素情報というものと画素というものを分けています。

この虫の絵を拡大していくとですね。例えば脚のところに血管が密集してたりするんですね。それが血管という意味と画素であるピンクや肌色、画素であるという事実。その両方を請け負っている。画素が意味を持つっていう言い方をした方がいいかもしれないんですけど。そういうふうに描かれた絵だと。VERVEという一連の9枚の作品というのは、画素に意味が与えられたような、あるいは最後まで切り詰めて残った意味と画素によって構成されているという絵なんではないか。

これは王様の右上の部分の拡大なんですけれども。右上にしみがあったりします。このへんには柱の上の方からたれている感じがあったりとか。つまり絵の素情報というのは、しみとかたれとかハプニングあるいは描かれた位置、そういうものが最後に残る意味として存在するんじゃないかなっていうことがわかってきた。これは完全にドローイングの分野であるということです。
もう一つの画素は、さっき言ったピクセルなんですが、ペインティング・色の分野であると。この二つの折衷あるいは混合で、しかも両方とも必要最低限に抑えこむ、そういうふうな描き方がVERVEだったんではないかということです。

この色と形というものは、先程中ザワヒデキさんの話でも出たようにイデア論/原子論、フィレンツェ派/ヴェネツィア派、ベクター/ビットマップと繋がっていくと。それでさっきの新・方法/ニューエイドスの話で、絵の素情報=意味というふうに言いましたけど、これは思考が描いている。画素の方は処理で行なわれる。そういう性質が両方にあるということ。さっきの新・方法/ニューエイドスの文章と合わせるとこういう考え方が浮かび上がる。

実は処理というのはオートポイエーシス理論では「行為」というふうに言われているんです。それを説明すると「区別」と「指示」。ただこれしか生命はやっていない。あとは心の方がそれを解釈し、翻訳している。この二つのカップリングということですね。
思考の方はスケーラブル。物質ではないので大きさはない。物理的な空間を支配しない。処理の方は区別と指示が特徴的だと。これがさっき言った心的システムと生命システムのカップリングである。これとまさに同じ構図を描いているというふうになっている。

えっとこれは何ですかね。「素情報=形=意味」「豊富な情報+意味解釈の自由度」というふうになっていますが…。えっとこれはVERVEが何でみんなに驚かれたのかという話です。
実はVERVEという絵はデータ容量が少ない。解像度という概念がありますよね。解像度上げれば上げるほど世の中のすべての現象を取り入れることができる。しみとかたれとかにじみとか、あるいはハケの跡、マチエール、素材感など、解像度を上げることによってそれらすべてがあがるっていう解釈の仕方ですよね。そうではなくてしみのイデア、たれのイデア、にじみのイデア、マチエールのイデアそういうもの全部を形で作るということなんです。そうするとどういうことになるかというと、解像度に頼らないのでものすごくデータ容量の軽い作品ができる。さっきの王様の絵が180cm×180cmなんですが、700KBしかないということになる。これが一つの驚きです。本当は驚きではないんですが(笑)アドビイラストレーターで描いてるから驚きではないんですが、それを忘れちゃうんでしょうね、多分。それほど解像度の代わりに意味が豊富で、意味の解釈の自由度があるので人によって見え方も違ってくる。そこが容量の大きい絵に対抗できるものが出来たということになったんじゃないかと思います。この大きさです。

で、これがニューエイドスに繋がっていく。ニューエイドスの方の話はだいたいこんな感じで展覧会の様子を見ていただくと分かるんですが、初めてiPadを置いています。プリントアウトではなく、今言ったドローイングで描かれている、アドビイラストレーターのパスで描かれているというのを拡大して分かるようにiPadを設置した。それでプリントアウトと見比べる。というような催しです。こんな感じです。絵は三枚だけなんですけど。こういう展覧会をやりました。

本当は次行きたいんですけど、時間が来てしまいましたので。実はさっきちょっと触れたこの話を持ってこようかと思っていたんです。さっき表で出したVERVEのところから派生した描写・デザイン基礎というエデュケーショナルカリキュラムというか、そういうものの紹介をしようと思ったんですが、時間がなくなったのでやめにします。またの機会にこれはやりたいと思います。どうもご清聴ありがとうございました。

*語尾など若干の修正を加えています。
(参考) 新・方法の夜 VOL.4 「新・方法から中ザワヒデキが脱退し、皆藤将が加入する」:http://7x7whitebell.net/new-method/nmn4_j.html  都築潤homepage「jti」:http://www.jti.ne.jp/ 都築潤さんによる、コンピューターで絵を描くことについての話:http://togetter.com/li/59543
(元動画)http://www.ustream.tv/recorded/20526097